深山知子一級建築士事務所・レトノ 深山知子一級建築士事務所・レトノ

深山知子一級建築士事務所・レトノ
長野の家

朝どのような景色を見て何を感じるかは、とても重要だと考えています。なぜならそれによって、その日一日の気分が変ってくることを、私たちは無意識に体験しているからです。例えば、旅先での楽しみの一つである朝食は、朝の清々しい光を呼び込むダイニングで過ごすことで、前向きな気分で始まります。このことを考えると、毎朝食事をとるダイニングの役割はとても大きいと思います。
朝の光と共に見る景色や緑から感じる生命力によって、気分が高揚し、きっと今日が活力あふれる一日となると思います。このような毎日の積み重ねこそが、明日や未来への人生の幸福度、満足度に繋がっていくのだと信じています。

茶の湯の世界では、茶室に入る前を俗世界と考えています。その為入る前までは穢れていると考え、亭主との会話は出来ないようです。その穢れを亭主が、袱紗(ふくさ)を開く所作によって落とし、茶会が始まります。当時の茶室は、日々の生活の中で溜まってしまった、意識下にあるホコリやチリを浄化する為に使われた空間だと思います。その空間の中で浄化しさらにヒーリング効果を得て、氣(プラーナ)を充分に満たしていたのだと考えます。空間の持つ力を信じていた当時の人たちが、それを最大限に引き出しているように思います。そして、茶会を通し内なる自分との対話が始まっていくのです。

静謐さとは “静かで穏やかなさま”という意味です。静謐さとは、概念なので形として表現できませんが、静謐さとは、早朝の朧げな光が満たす静謐さ、あるいは音がふと途絶えた時の静謐さ、夜空を見上げ宇宙の深淵さを感じた時に訪れる静謐さなどです。
リビングの一角にあるトップライトの光源を見せないことで光を絞り、また天井、壁、床を同素材にして境界を曖昧にすることで一体化しています。建築に関わるすべての情報 ( 開口部、天井、壁、床などの構成要素、素材など ) を極限まで減したつくり方によって、静謐さに満たされた空間になります。
人は静謐さに満たされた空間の中にいると、深い瞑想状態 (I am 私は在る ) となることができ、そして精神世界へとつながり自分の内なる空間を発見し、自分の本質に気付くことができます。建築や住宅とは、この静謐さを具現化し顕在意識を超えた潜在意識の世界へと繋ぐきっかけをつくることだと考えています。

夕暮れ時、陽が沈むのと同じように私たちの体も覚醒から睡眠へと移行していきます。空間の印象が昼間とは全く異なる表情を見 せてくれる夜の照明計画は、ただ明るくするのではなく、人の体内リズムに合わせたものになるよう心がけています。
灯りは粒子なのでなるべく直線的な影を出さず、粒子としての存在感を感じるようにしています。灯りは量や質にこだわって配置し空間によっても照明器具の使い分けをしています。ダイニングテーブルの上に設置する照明器具であれば、空間に影響しないシンプルなペンダントライトが良いと考えています。人は光の方に注目し、集まるという習性があるので、ダイニングテーブルを中心とした暖かみのある灯りを配置することで自然と家族が集まってきます。そして楽しい食事の時間がはじまります。
ペンダントライトで足りない光量を補うために、壁際には光源の見えない間接照明を配置します。その壁の質感が重要で、凹凸のある素材が優しい陰影をつくり、また天井も同じ素材で仕上げることで、空間全体がほのかな光の空間に変わります。照明の灯りに包まれるような感覚が心を穏やかにし、スムーズな睡眠へと移行します。

玄関を開けて出掛ける時に感じる緑の生命力が、気分を高揚させ、前向きな気持ちにしてくます。そして帰宅時には、照明に照らされる緑の陰影の美しさが出迎えてくれ、心に安らぎと癒しをもたらしてくれます。玄関アプローチを通るうちに心が外向きから内向きに切り替わり、それはとても大切な時間です。そして、緑の美しい玄関アプローチは、街と住宅とを繋ぐ間でもあり、通りがかる人にも楽しみや癒しを与えます。緑とは、人間にとって欠かすことのできない存在であり、緑のもつ再生エネルギーを最大限に住宅や建築の中に取り入れることで、心がより豊かになっていくと考えています。